分水嶺2019 Cコース DNF

DID NOT FINISH!!!

去年の分水嶺Bコース完走記のブログを完成させないまま今年のことを書こうとしています。オツベルです。

突然ですが、くやしいです!!

何がって、リタイアしたこと。英断だったと思う。多分自分の経験と体力と装備を考えると間違ってなかった。でも、やっぱり、くやしい気持ちがぜんんぜん拭えない。なんじゃこりゃ、忘れらんねぇぞ分水嶺。

最近書くことから遠のいてましたがこう、少しでも消化させるために書きたくなるものなのですね。ちなみに今回はうんこの話は一切出てこず、くすりとも笑うこともうるっと涙ぐむことも一切ないクソつまらないただの忘備録です。

分水嶺トレイルは、いつも出ているようなトレイルランニングの大会とは少し違い東京の奥多摩(もしくは青梅)から山梨の野辺山まで歩いていく縦走大会で、エイドはなく(山小屋は使用可)装備や食料や水をすべて自ら担いで自ら地図を読んで進んでいきます。

鴨沢スタートのAコース

青梅スタートのBコース

そして今回はじめて鳩ノ巣スタートのCコースというのがトライアルコースとして新設され、私たちはCコースにエントリー。

この3つで違うところは雲取山までのコースと、富士見平からの地図読みのコースだけで、雲取山から富士見平までは同じ道を進みます。Cコースが何故トライアルなのかは、恐らく富士見平を越えた後、小川山からの地図読み区間が、道に迷いやすく厳しいコースだからだと予想しています。チーム全員での試走も必須条件でした。

瑞牆から信州峠まで試走
小川山から先の鬼の地図読み区間

また、全てのコースに出走するのには過去の山行歴を記載する書類審査があります。走力ではなく山力を問われているので、トレイルランニングのレースは対象外です。Cコースに関してはトライアルなこともあり、過去の分水嶺出走経験者かつ今回はチームのみのエントリーでした。私のチームはキャプテンの河野さん、同僚の山岡さん、ハブツさんとの4人。私以外の3人は3年連続同じチームで分水嶺に出ている常設メンバーです。

去年分水嶺Bコースを完走し、その厳しさを身をもって経験しているので、いつもよりもぜんぜん頑張って準備しました。ロードを走ることが苦手で嫌いなのでいつまでたっても月間走行距離がリアルに100km程度なのですが、リーダーから課された週50kmのノルマを目標に走りこみ、1人で鳩ノ巣から雲取までの試走にも行き、レースの1週間前から禁酒もしました。(願掛け)

ソロで徳ちゃん新道のピストンもしました

多分こんなに頑張って準備したレースはHURT以来なかったと思います。

装備も見直しました。分水嶺でお気に入りのギアを使うとかもうそんなのどうでもいいです。重視するのは機能のみ。ザックを新調し、日よけのぴろぴろがついた帽子も準備しました。ただ去年暑かったので暑さ対策ばかり考え、雨対策が疎かでした。今思えばレインもシューズもアウトドライにすればよかったし、パンツも3Lのものにすればよかったし、ポンチョとゲイターがあればよりいろんな装備を濡らさずに済んだかもしれません。

ザックはウルトラスパイア のEpicにしました

カロリー計算もちゃんとしました。去年は大好きなご飯をたくさんもって行ったのですが、重いので却下。ジェルとソイジョイと柿ピーをメインに7800カロリーを詰め込みました。今思うと山小屋を通過する時間が夜中なので小屋で補給できないことを加味すると完走するにはこれでも足りなかったと思います。とくにジェルをもっともっていけばよかった。

私はジェルを摂取するのが今まではすごく苦手でずっと避けてて、おにぎりやメダリストに逃げてたのですが、ハンドボトルランナーたちがジェルをオレンジジュースなどで溶かしてボトルに入れて飲んでるというのを知りました。試しに別のレースでソフトフラスクに入れてオレンジジュースで溶かしてもって行ったらめちゃくちゃ楽に摂取できた。で、その時気付いたんです。

あ、私、ジェルの味が嫌いなんじゃなくて、1時間に1回、ジェルを袋をむいて食べてベトベトの袋をポケットに入れるという行為が精神的にストレスだっただけなんだ、と。

ジェル余裕。むしろ好き。

長いレースの時はソフトフラスクじゃなくてハンドボトルの方がジェルを入れる時とかにも便利だしたくさん入るのでいいなーと今は思っています。

そんな感じで準備を進め、最後に前髪を切り、マツエクをつけました。かんぺきです。なんの準備かってゴール写真への準備ですよ。

え、だって約60時間動き続け、数時間しか寝てない状態でのゴールの瞬間て自分史上最強にブスじゃね?むりじゃね?すっぴんで眉毛も消え疲労でむくみまくった顔に少しでも彩りを加えるため、のばしてた前髪を切り眉毛を隠し、マツエクで少しでも目が大きく見えるように準備しました。自意識過剰かよ。

金曜日は16時半に退社し、早めに帰ってたくさん寝ます。あとはもう歩くだけ、そんな時にキャプテンから体調不良でDNSのメールが。。。

優しくて厳しくて経験豊富でみんなの精神的支柱だったキャプテン

1番知識も経験も抱負で体力もあるキャプテンに完全に精神的に依存していた私たちは超焦りました。残されたのは、育メンすぎて最近山に行けてないハブツさんと、クライミングバカすぎて彼女ができる気配のないやまぴーと、自意識過剰な金髪の妙齢女子の3人です。

キャプテンの存在の偉大さを痛感しながら猛者しかいないCコースのスタートラインに立ちました。

スタート前の装備チェック

鳩ノ巣駅から雲取山までは、コースタイムで15時間くらい。関門時間は21時半なので11時間半後。キャプテンの作ったコース管理表では8時間半で雲取山になってますが、たぶん無理です。

私たち以外の3チームはすぐに影も形も見えなくなり、1チームだけ近くを歩いているのが見えました。

やまぴーは最初の2時間だけ、異様にペースが早く、すぐに姿が見えなくなります。ハブツさんは優しいので1番遅い私の後ろを歩いてくれて、やまぴーを待つようにたしなめてくれます。

寒いか雨かの想定だったので予想以上の暑さにしょっぱなやられました

私は思っていたよりも熱くて序盤調子が悪く、心拍があがり内臓が熱を持って身体がオーバーヒートしているのがわかりました。水を思っていた以上に消費してしましいましたが、尾根に出てからは涼しくなり心拍も落ち着き調子が戻ります。

涼しくなって調子戻ってよかった

やまぴーのペースがみるみる落ちたので、私に合わせてくれる優しさかと思ったら、単純に疲れただけでした。あの最初の2時間なんだったんだよ。

蕎麦粒山を超えてからは大きな登りもなく、会社の悪口という1番楽しいコンテンツを楽しみながら順調に進みます。道は単調だけど歩きやすい。

途中雨がぱらつきましたが、降ったり止んだりを繰り返しており意外と涼しくて歩きやすいかも、なんて思ってました。

長沢山を越えたあたりからやまぴーのペースがさらに落ち、この時点でこのチームを仕切れるのはハブツさん一択だな、と悟ります。

行動食に大量のボーロを持参した山岡さん。鳥かよ。

雲取山まであと2キロの地点で私の下腹部がガスがたまってパンパンに張り痛くなったので1番後ろを歩かせてもらい、ONARA、という古典的な手段をとってガスを抜く。いちよう女の子なので、なるべく音の出ないように心がけました。

雲取山荘には19時半、スタートから9時間半で到着。Cコースでは5チーム中3チーム目ですが、Aコースの人はとっくに通過しており、Bコースの人はもうタイムアウトの時間。分水嶺トレイル全体でも最後尾です。

休憩は30分と決め、カップヌードルCCレモンを注入。山荘前では一般の山荘宿泊登山客のグループが楽しそうに焼肉してます。単純に羨ましい。楽しそう。私も砂肝食べたい。

出発しまーす!とチェックポイントのボランティアの方々に声をかけると、焼肉グループの人たちが驚き「こんな時間からどこ行くんですか!?」と、お約束のリアクションをしてくれる。「野辺山です!(ドヤァ)」と答えるやまぴー。「え!?野辺山まで!?今から!?」と、これまたお約束のリアクションをしてくれる焼肉さん。

「俺、ああいう反応してもらえるとすごい嬉しくて頑張れるんだよね」

私は居心地悪く感じるタイプなのですが、やまぴーのやる気の足しになったようです。ありがとう、焼肉さん。

雲取山の山頂まではハブツさんがリードしてくれます。雨がけっこう降ってきたのでレインジャケットを着込み、ヘッドライトを装着してここから3時間半くらい歩いた先にある将監小屋を目指します。

まだまだ元気の雲取山

雲取山の山頂を越え下った後は、延々と笹の中を歩きます。途中から雨が本気出してくるわけですが笹の何が嫌って、笹についた雨が通過するときに足をつたって靴を濡らすわけです。速攻靴が濡れて足がぐちゃぐちゃになりどんどんやる気を削いできます。

将監までの道のりがまた悪路だわ、滑るわ、景色変わらないわ。夜だしタイムも落ちる。1回目の夜越えで、眠気も襲ってくるし、疲労もたまってきます。

そんな中、前にヘッドライトが沢山あり明るい場所が見えてきました。砂漠のオアシス感がありなんなら明るくてパーティー感すら漂っており、ずっと暗闇を3人で歩いてきた私たちは少しだけテンションが上がりなんだなんだ!?となりました

が、近づいてみるとそこにいたのは滑落してビバークしているチームの人と、スイーパーと、レーススタッフでした。

その道は晴れてても歩きづらく、コースタイムを巻いて歩くのも難しい場所で、雨でどんどん道が悪くなっていく中で「滑ったらこうなる可能性大」というのを見せられてただただテンションが下がりました。

また、ヘッドライトのバッテリーが2時間で切れたのもテンションが最強に下がりました。レッドレンザー明るくていいけど電池のもちが悪い。それは今まで使ってわかっていたけど、将監小屋までの4時間程度は絶対平気と思っていたのでまさかと思いました。もちろんバッテリーの充電器も予備電池も予備のヘッドライトも持ってましたが、雨の中何度も電池を交換しなきゃいけないかも、ていうか2晩電池もつのだろうか?という不安が心を占拠し始めました。さらに将監小屋につく手前でライトが明らかに光量が減り、電池でも2時間程度しかもたないのか、、、無理かも、、、と思い始めます。

さらに雨は強くなり、足元が悪くなり、疲労で足が疲れてきてもうほとんど踏ん張れなくなってきたところでやっと将監小屋に到着しました。この時夜中の12時半くらい。次のチェックポイント雁坂小屋の関門時間は朝8時。コースタイムで6時間くらい。普通に歩けば4時間くらいでつけるはずなので、まだ時間には余裕があります。

とりあえず雨のしのげる場所で補給し、温かいスープを飲んで、座ったまま少し寝ました。雨の辛さは濡れるストレスはもちろんですが、気軽に横になれないのも辛いなと実感。

1時間と決めたはずの休憩ですが、ちょっとだけと思って目を覚ますとすでに2時。関門までは6時間です。

やまないどころか強くなる雨足に私の心は完全に折れてました。

この先雁坂まで約6時間雨に打たれ続ける。誰かが低体温になっても雨をしのげる場所がない。夜中眠気でフラフラしたら滑落の危険も高い。雁坂まで行けたとしてもその後も雨が降り続くだろう。甲武信は?国師は?小川山は?レースじゃなくても行くか?いけるか?いや、普段ならこのリスクはとらない。じゃあなぜ今はそのリスクを犯そうとしてるのか?レースだから?だから危険を犯して行くのか?なんでだ?なにかが起こってしまった時に後悔しないか?絶対するよな?な?な?無理だよな?

そんなマインドでした。

あと、純粋に将監でリタイアするチーム多すぎて、出発したあとに戻ってくるチームもいたのが、さらに心を折れさせる要因でした。

今思い返しても、冷静な判断だったと思う反面、もっとがんばればよかったという思いはぬぐいきれない。けど、頑張ったところでその時迎える限界ってほぼ死に近いよなとも思うので、体力あるうちにやめてよかったなとも思っているけど、でもやっぱり行けたんじゃないかせめて雁坂まで、、、いや、行ったとしても雁坂か大弛峠でやめたんじゃないか?だったら先にやめて正解だろ、など延々と悶々としている。今回の分水嶺はこの雨耐性と雨対策が完全な分岐点だったなと思う。

え、雨強くないですか?これもう無理じゃないですか?ていうか私はこの環境で動いたことがないのでいけるとは絶対に言えないし、低体温になるかもしれないと思うと、行くという判断が出来ないです。という私。ハブツさんは多分行きたいし行けると思ってただろうけど、そんな私に「この環境でも大丈夫だよ」と言い切ることができなかったんだと思う。やまぴーは何考えてたのかよくわかんないけど比較的弱含みなことをもにゃもにゃ言ってたような気がする。

なによりも全員が、この先待ち構える道のりの厳しさを知ってるからこそここ越えられてもあそこがな…などと考えてしまい、ネガティブな思考になってしまった。

キャプテンがいたらどんな判断をしたんだろう、、、キャプテンがいたら行ったかもしれない、、、そんなことを思いながらも、やめたいという私に合わせる形で私たちは将監小屋でのリタイアを決めた。

ここからの下山ルートは1時間半で下山はできる。ただ、そこからはタクシーで塩山まで1万円。夜中はタクシーを呼んでも来ないので、下山したらそのあと林道と車道を歩いて丹波まで行くと奥多摩駅行きのバスが出てるとのこと。

ここにいても横になって寝れないしどうせ雨はやまないし、下山開始しようと歩き始めたが結局バス停まで6時間ほどかかった。今回の分水嶺で1番辛かったのはなにを隠そうこの下山路である。

限界すぎて道端で寝る。横になりたい。。。
やまぴーも寝ながら歩いてフラフラしてました

下山路という思いから補給も疎かになりアスファルトの道の硬さのせいもありもはや足裏が限界突破×サバイバー

まじで痛くて痛くて辛くて辛くて「こんなに辛いなら雁坂行けばよかった」という思いを増幅させました。

奥多摩まで29km 雲取から将監まで歩いた道をロードで戻ってる感じです
途中たらちゃんが応援してくれました。チャーン。

フラフラの状態で丹波まで下り、道の駅の温泉に入り帰路につきました。奥多摩の駅につくとそこには分水嶺をリタイアした人がたくさん。。。やっぱみんなリタイアするよね!辛かったよね!と思いながらSNSを見ると、私の知り合いはAnswer4のサキちゃん以外全員リタイアしてました。そうだよな!とおもいながらもけどこんな環境でも完走してる人いるんだもんな。。。もっと頑張れよ私。。。。と、いまだに悶々としているわけであります。

最後に今回使ってよかったもの、買えばよかったものなど

まず、ザックをウルトラスパイアのEpicにしました。選んだ理由は自社商品には分水嶺のような縦走に適した商品ラインナップがないのと、ウルトラスパイアのMDとして働くキャプテンが自らTJARを走るために作ったザックだからです。色とかぜんぜん好みじゃないし、普段なら絶対買ってない配色だけど、まじで超使いやすかった。チーム全員同じザックで全員絶賛でした。

ぜんぜん重さを感じさせないし、前身がベストパックのようにポケットがいっぱいあって、超使いやすい。ザックを下ろさなくてもいろんなものが取り出せるのでストレスなく補給もできるし、容量も意外と入って必携装備に着替えを入れてもまだ入りそうでした。ほんとに流石キャプテンの一言に尽きます。

買えばよかったものは途中でも書きましたがアウトドライのレインウェア。アウトドライはメンブレンが最表層なので、一般的なレインのように最表層の基布が濡れて水がたまる、ということがないので、保水しないし乾くのが早い。シェイクドライと違って重いザックを背負っても大丈夫な、耐摩耗性もあります。

メンズしかないけどな!

自社製品なのでその機能の高さは当然知ってたけど、既に2.5層の軽量レイン1つ、ストレッチレインを1つ、3Lのレインを1つと合計3つのレインウェアを持っているので、アウトドライ使う機会少なそう。。。と思って手を出してなかったが、まじで買えばよかった。何時間も雨の中で行動することを前提としてる時なんて分水嶺以外にあるんだか謎だけどこんなシチュエーションにはとてもよさそうです。

あとは、ザックカバー代わりに軽量のポンチョを持っていけばよかったかもなぁ?と思っています。そもそもザックカバー忘れてるんですけど、ザックカバーかけたところで前身のベスト部分が濡れてしまうので、だったらポンチョで全部覆っちゃえば、、、と思いましたが、これはやったことないのでいいかどうかわかんないですが。

最後に、今回ヘッドライトの電池を安心できるレベルで持ってなかったのも気持ち折れた要因でしたがハブツさんが電池をテープでまとめてすぐに交換できるようにしてて頭いい!と思いました。けど、やまぴーに「え、みんなやってるでしょ」

と言われました。ちーん。

私みたいに知らない人のために画像はっとくよ!

ティッシュはジップロックに入れてテープ貼って真ん中切って使いました。

これはこあいだ沢の渓泊に連れて行ってくれた井上さんがやってたのを見て真似したのですが、便利です。

バー系は全部パッケージむいてラップで包みなおします。こうすることでポケットに入れた時にパッケージの端っこが当たっていたいことも、パッケージがなかなかむけなくてイライラすることもなく、ゴミもかなり小さくなります。さらに今回わかったのは、ラップに巻かれたバーをみてやまぴーが

「え?自分で作ってきたの!?すごい!」

と言ってきたので、

「そうだよ、食べる?」

と嘘つければ簡単にクライミングバカの独身男子を落とせますね、多分ですけど。

あと、途中にも書いたけどまじでジェルは最初にパッケージ剥いてソフトフラスクかもしくはハンドボトルにジュースで薄めておくとほんとにびっくりするくらいストレスなく摂取できました。

あと、やっぱり持っていくのはガーニーグーですね。

持ち運びにも便利なサイズなのでこのナッツバタークリームを愛用してたのですが、夜中気温が下がったらクリームも固まってしまい、使うのに苦労しました。

塗るのは靴づれと水ぶくれ対策の足裏、そしてザックの擦れ対策に肩、ブラジャーのスレ対策に胸、まではよかったのですが、今回腰裏のスパッツとショーツのウエストゴムのところがザックのあたりと相まってめちゃめちゃ汗でかぶれて痒くなりました。なので、重いザック背負う時は腰裏にもぬるのを忘れずにな、自分!

反省点はこんなところです。

来年はどんな天気かわからないけど、どんな天気でもゴールを目指せる装備と精神力を持ち合わせられるようにしたいです!

くっそー!

がんばるぞ!

オツベル

俺たちのHURT2019 vol.3

こんにちは。

猫が好きだけど猫アレルギー

犬が好きだけど犬からは嫌われるオツベルです。

キリッ。 私のお気に入り、カルビという名の猫。

前回更新した後に気づいたんですがいろいろと時系列間違えてました。

まあそんなこともあるよね、ということで最終話の更新です。

 

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モナとまさしさんが3周目をスタートして、

10時間以上がたとうとしていた。

 

5周目の関門時間まではあと3時間程度。

 

何がどう転んでも間に合わない時間になっていた。

 

私はもうモナは4周目に行かないだろうなと、半ば確信的に思っていた。

 

 

モナが3周目を終えて戻ってきたときのことがよく思い出せないが、その時も多分また

 

「一緒に行きたかったのにごめんね」

 

と言われたような気がするし、私も多分また

 

「大丈夫だよ、よくがんばったね」

 

としか言えなかったと思う。

img_5473
ちなみにこれは3回くらい飲まされたらしい。

 

本人が明確に「もうここでリタイアする」と言ったわけではなかったが、なんとなく、「ここでやめるんだろうな」という空気が流れていた。

 

もちろんもう関門に間に合わないので完走は無理だったのだがHURTは4周目の第1エイド、約100㎞地点までいくとFun Runの称号が与えられ、翌日のバンケット(後夜祭みたいなやつ)で、壇上にあげてもらえる。なので、完走できなくても100㎞地点まで行くのが、なんとなしに一つの目安のようになっているのだ。

 

「私シンさんのペーサーすることにしたから、もし行けるならアキナンと一緒に最後ゆっくり歩いてパラダイスパーク(100㎞地点)まで行って来たら?」

 

私は1回だけそう提案した。

 

モナは「え?」

 

という顔をしていて、

行く、とも、行かない、とも言わなかった。

 

ちなみに私がモナの立場だったら120%こう思う

 

それ以上強くは言えなかった。

 

3周目を一緒にいったマサシさんは、

 

10時間以上辛そうにして頑張ってるところを隣で見てるから、これ以上行け、とはよう言えんわ」

 

と言っていた。

 

行けるなら次のエイドまで行った方がいいんじゃないかなと思いつつも、十分すぎるほど苦しんだ人に対して、これ以上がんばれ、と言うことが誰にもできずにいて、ここでリタイアすることでみんなの意見がまとまりかけたところ

 

 

「え!?うそでしょ!?モナちゃんやめるの!?最後パラダイスパークまで絶対行った方がいいよ!!」

 

そう言ってくれたのが、他の選手のサポートでハワイに来ていたさいちゃんである。

 

「行ってきなよ!100kmまでいくとFun Runの称号もらえるんだよ!明日のバンケットで壇上にあげてもらえるよ!」

 

「え、でも明日バンケット行かないし。。。」

 

そう返すモナにも怯まず

 

「時間はまだたくさんあるんだし残りあと10㎞だよ!歩いてでも間に合うんだから行っておいでよ!!」

 

そう強く主張してくれた。

 

 

 

「まぁ、そうは言っても。とはいえこの状況ではもう行かないだろうな~」

 

と、思っていた私は、

 

どうやらエイドでスタバのコーヒー配ってるぽいぞ、ということに気付き、走る服装をしているのでもらいやすいな、ということにも気づき、しれっとエイドにもらいに行っていた。

 

 

コーヒーをもらえてほくほくしながら戻ってくると、モナは4周目に出発する準備を始めていた。

 

 

「え!?行くの!?まじで!?」

 

 

何がどう彼女の心を動かしたのかはわからないが、最後の10kmをアキナンと2人でゆっくりパラダイスパークを目指すことにしたようだ。

 

一緒に出発するアキナンは、マサシさんから、

「トイレスポット積極的に探してあげてや~」

 

というアドバイスをうけて、2人は旅立っていった。

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話は変わるが、私たちの周りに、ランニングバカと呼ばれてる人が2人いる。

 

HURT完走を目的とした練習(通称青梅ターキー)をしたとき、シンさんに合わせて走るべきタイミングで、シンさんを夜のトレイルに置き去りにして走った2人のことを指している。

 

人のペースに合わせずに自分たちの気持ちいいペースで走ったので、

 

オナニーするなや!

 

とマサシに言われ

 

ランニングバカというあだ名がつけられた。

 

 

2人いたうちの、よりオナニーぶりがひどかったポエマーの方に、私は、あいつ絶対セックス下手くそだろ、と悪口を言ったりした。

 

そして、もう1人のバカの片割れが、シンさんの4周目のペーサーをしていた丹羽さん、というわけである(雑)

 

そんなランニングバカは、相変わらず自分の気持ちいいペースで走ってシンさんをだいぶ引っ張ったらしく、4周目をそこそこハイペースで終えて帰ってきた。

 

ちなみに丹羽さんは4周目のペーサーを終えてすぐ空港へ向かい日本に帰る予定なのだそうだ。足も早いが帰るのも早い。

 

5周目ペーサーすると突然言い出した私に、丹羽さんは

 

おとちゃん、ぜんぜん引っ張っちゃって大丈夫だから!と爽やかな笑顔でアドバイスしてくれた。

 

だが、ふとよく考えたら、わたし人のペーサーするの 、生まれて初めてだった。

 

突然冷静になり不安がよぎった。

 

 

あれ?ペーサーって何すればよいんだっけ?

 

スントやガーミンのような高級ランニング時計でも、エルメスやロレックスのような高級宝飾時計でもなく、34歳なのに980円のカシオの時計を身につけている私には、残念ながらペースを見てあげることも、距離を見てあげることも、標高を見てあげることもできない。

 

casio
ビックカメラでは834円

薄くて軽くてサウナも水風呂もつけたまま入っても壊れない。まじで優秀な時計だが、ハワイではストップウォッチくらいしか役にたたない。

 

ついでに私は海外シムがうまくアクティベートできないという不運にも見舞われていて、携帯も使えなかった。

 

というわけで、

生まれて始めてペーサーをする私にできることは以下の3つに限られていた。

 

話す

時刻を伝える

携帯で写真を撮る

 

まあ、でも10キロだしなんとかなるか、というのが正直なところだった。

 

実はそもそもシンさんの5周目のペーサーは、去年HURT完走者であるバヤさん(通称ハートパイセン)がする予定だったのだ。

 

1周30キロのうち、10キロだけを私が一緒に行き、残りの20キロをハートパイセンがペーサーする、という予定に変えたのだ。

 

もちろん、シンさん本人の要望ではない。

 

私が勝手に決めただけだ。

 

というわけで、丹羽さんからペーサーを勝手に引き継いだ私は、

シンさん!わたしパラダイスパークまで行きますから!

と、勝手に名乗り出、一緒にハートパイセンの待つパラダイスパークまで出発したのだった。

 

 

シンさんと進んだ10キロはめちゃくちゃ楽しかった。

 

そもそも、5周目なのにシンさんが比較的元気なのがうれしくて、本人がいきたい、と言ったペースで走れるのが楽しくて楽しくて楽しくてしょうがなかったのだ。

 

おとちゃん、ぜんぜん引っ張っちゃって大丈夫だから!

 

そういってた丹羽さんの言葉を思い出しながら気持ちよくシンさんの前を走っていた

 

 

けど、後からハートパイセンに聞いたら

 

「おとちゃんと丹羽さんは、自分が楽しくなると姿が見えなくなる」

 

 

とシンさんはいってたらしく、

シンさんは最後の20キロ足の痛みで大幅に失速したあたりをみると、わたしと丹羽さんがもう少しペース抑えてあげたらよかったのではという疑念は正直ぬぐいきれていない。し、私に人のことをバカ呼ばわりする権利なんてこれっぽっちもなかった。

 

 

とりあえず130キロ走ったあとのぼろぼろのおじさんと一緒に進んだ10キロの間に写真を撮りまくっておいたので、載せておきますね(雑)

 

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最初の上り。ここは日本の里山か。

 

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途中から根っこがすごくなってきてテンション爆上がる(私だけ)
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日本語の看板が設置されてました

 

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木が語りかけてきてるような気がしました。(私だけ)
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Podcast で話題になってた木道

 

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レボリューション田中は Yo!Say!夏が!胸を刺激する~ と歌いながら去っていきました
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一番ねっこのすごいところ

 

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一番木がすごいところ

 

 

観光地で有名なManoa Fallsを過ぎ、

楽しそうに歩いているモナとアキナンを捉えた。

テラスハウス ハワイ編でギルティ侍がデートしてたところだよ
これが滝です

 

もうパラダイスパークはすぐそこだ。

 

ああ、終わる。

HURTが終わる。(俺の)

 

楽しかった。

 

パラダイスパークに到着し、

緊張した面持ちのハートパイセンにシンさんを託した。

 

しばらくするとモナとアキナンも到着し、

モナの辛く苦しい(本人曰く、人間としての尊厳と戦い続けた)100キロの道のりも

無事終わりを迎えた。

 

最後2人で沢山写真撮りながらトレイルを楽しんだそうだ。

 

私は、思ったよ。

 

やっぱり行った方がいい。

行ける限りは進んだ方がいい。

もちろん辛いし、続ける理由なんてどこにもないけど、きっとその方が後悔は少ない。

これからは、殺すと思われてもいいから、行けって言おう。

 

ちなみに海賊がモチーフのパラダイスパークで棄権すると、子供用プールで作られた板歩きの刑で処されることになっている。

 

板歩きの刑ってこれね

残念ながらそのときの写真を撮り忘れてしまった。

パラダイスパークエイド

最後まで作りこまれてるエイドだったな。

パラダイスパークまで来てくれたみんなに拾ってもらい、一旦宿に帰ってからゴール地点へ向かった。

ハートのボリュームゾーンは、34〜36時間の間だ。ゴールした選手も棄権した選手も最後の選手のゴールを見届けに戻ってくる。

 

HURT100は鐘をならし、看板にキスをしてゴールとなる。

シンさんは、最後の20キロ足がいたくなってしまったようで、想定よりもだいぶ遅れて戻ってきた。

 

そんなシンさんのゴールを誰よりも待ち続けていたゆかりちゃんは、シンさんのゴールシーンを見て涙を流していた。

そんなゆかりちゃんの涙をみて、最初笑っていたわたしもうっかりもらい泣きをしてしまったが、ハートパイセンは実に満足げな顔を浮かべて全てを見届けていた。

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私とハートパイセンとシンさん

 

とまあ、ここまで書いて筆がピタリと止まってしまい、なかなか更新できずにいた。

どうもわたしは結末を書くのが苦手なようだ。

 

そういえば、もらい泣きをしている私に気付いた藤田家の息子は、

にやにやしながら「ママとおとちゃんが泣いてるぅ~」と言ってきた。

 

小学生の君にはまだわかるまい。

 

謎のピンク色の液体を飲まされたり

うんこ漏らしかけたり

金玉袋とパンツの擦れ(玉ずれ)に喘いだりしながら、

カロリーを摂取するためだけの甘い液体を舐め

一睡もせず

ボロ雑巾のように山を駆け回って

迎えるゴールで見える景色の素晴らしさを。

 

おしまい。

 

ところで、みんなで泊まっていた宿を出発するとき、

モナが持ってきてたアルトラのトレランシューズを2足とも捨てて帰ったんだけど、

また一緒に走ってくれるのだろうか。

俺たちのHURT2019 vol.2

こんにちわ。

会社の休み時間にブログ更新しようと

自分のブログ名を打ち込んで検索かけたら、

どうやら画像検索をかけてしまったらしいんですけど、

 

海外の無修正エロ画像一覧が会社のパソコンのデスクトップ画面に表示されました。

 

XXXってアメリカではポルノの激しさを示す隠語的な使われ方してるの知らなかった~

まじシンプルに焦ったオツベルです。

 

そんなことは、さておき、前回の続きを書きました。

蛍光ピンクの液体を飲まされ、涙目で出発したモナちゃんとマサシはどうなったのか。。。

 

 

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マサシさんとモナが出発したあと、私はいったん宿に戻った。

 

5周目にモナのペーサーをする予定のアキナンが

モナの娘、ウノちゃんの子守をしながら留守番していてくれた。

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育児未経験のおじさんとおばさん達の未熟さにぎゃん泣きしまくってました

 

私はアキナンに、もしかしたらアキナンの出番は来ないかもしれないことを伝えた。

 

ハートは、5周目だけ関門時間が設定されている。

 

日曜日の11時までに5周目を出発しないといけない。

 

モナが3周目のスタートを切ったのはスタートから14時間半後、土曜日の夜20:30頃。

 

もちろんまだ可能性がないわけではないが、あの蛍光ピンクの液体が劇的に効いてくれないかぎりはかなり厳しい状況であった。

 

わたしは、おそらく最終周になるだろう4周目を、同じトレランチームで、私よりも付き合が長いアキナンが行った方がいいような気がして、

4周目のペーサーを私の代わりに行くかどうかを尋ねた。

 

正直、そこを抜きにしたとしても、私は昨年、やめたくてやめたくて震えるほど同じコースを走ったので走ったことのないアキナンに走らせてあげたいな、とも思っていた。

 

「私がモナちゃんだったら、今のようなつらい状況で、4周目絶対行きたくないって思うと思う~。私はここに残ってウノちゃんの子守するよ~。」

 

アキナンからはそんな返事が返ってきた。

 

けどここで

 

「いや、アキナンいった方がいいよ!」

 

「いや、いいよ、おとちゃん走りなよ!」

 

と、おばちゃん同士押し問答をしても相当無意味なので、とりあえず当初の予定通り私が4周目行く方向で考え、先に仮眠をとることにし、眠りについた。

 

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おばちゃんがレジ前で私が払うわよ戦争してる画像探したらこの画像が見つかりました。

 

夜中、みんなが寝静まっていたところにアンディ(オナ神)とバヤさんが宿に帰ってきたので、目を覚ました。

 

やはりモナはあのピンクの液体で体調が回復するという奇跡が起きるようなこともなく

マサシさんと時間をかけて回っているようだった。

 

 

去年膝を痛め、泣きながら走ってた私の3周目よりも時間がかかっているのを考えると

相当苦しんでるのだろうな、ということが想像できた。

 

たぶん、もうその状況では4周目も行かないかもな、そう思えた。

 

「それでも、もしモナが4周目いくなら、アキナンと一緒に行った方がいいと思うんだよね。私は別に走れなくてもいいし。」

 

そんなことを話していると、アンディが私にこう言ったのだ。

 

「おとちゃん、そしたらシンさんのペーサーすれば?」

 

シンさんと私は、昨年HURTを一緒に走り、共にリタイアしたリタイア組だ。

 

去年ハワイに向かう飛行機乗り場で会ったのが初めましてだった。

 

シンさんはわたしよりもずっと経験値も走力も上のランナーだけど、最初は同じくらいのところを、2周目はシンサンが30分前くらいを走っていて同じところを行ったり来たりするコース設定なので、コース上で何度もすれ違った。

 

同じくらいの所を走れている、ということが私の自信にもつながっていたし、何よりすれ違うたびにたくさん優しく声をかけてくれたのがうれしくて、一気に好きになった。

 

そんなシンさんは、去年2周目の途中で足首をひどく捻挫をしてしまい3周目でリタイヤをした。

 

足を引きずって歩いてる姿を見た時のショックも、それでもあきらめずに進み続けていた姿も忘れられない。

 

1年間ずっとHURTのリベンジをすることを目標に走り続け、その執念が通じて今年もレースに当選し、捻挫することもなく順調に4周目を終えようとしているところだった。

 

 

「おとちゃん、もし行けるならシンサンのペーサーしてあげてよ。」

 

 

シンさんの奥さんであるゆかりちゃんに会ったときにも、

そんなことを言われたのを思い出した。

 

 

シンさん本人からは1㎜もぺーサーしてほしい、とは言われてないが、

なんかもう、よくわかんないけど、そうするのがオールハッピーなような気がしてきたので、有無を言わさずアキナンを叩き起こすことにした。

 

 

アキナン、起きて!

 

私シンさんのペーサーすることにしたから

アキナン、モナの4周目行ってきて!

 

そんで、もう出るからすぐ着替えて!

 

突然叩き起こされたアキナンは、とりあえず空気を読んで準備をはじめたが、

落ち着いたタイミングで

 

「モナちゃんはいまどんな状況なの?」

「そもそもモナちゃんは4周目行くの?」

「シンさんはどんな状況なの??」

 

と矢継ぎ早に質問してきたが、わたしは、その全ての質問に

 

「わかんないwww」と答えた。

 

モナが今どんな気持ちで走っていて、どうしたいのか。

きっともうやめたいと思っているであろう気持ちを

鼓舞して4周目に行かせた方がいいのか、認めてやめさせたほうがいいのか。

 

シンさんはいったい今どこを走っていてどんな状況なのか、

5周目のペーサーは私でいいのか

 

私にも(ていうか誰にも)わからなかった。

 

 

でも、もしモナが3周でやめるとしても、最後まで頑張った姿を見届けてあげに行こうよ。

 

とかなんとか言ってアキナンを説得したような気がする。

 

 

スタート/ ゴール地点であるNature Centerにつくと、ちょうどタナケイさんが4周目を終えて戻ってきたところだった。

 

ちなみに、今回、今まで1文字も書いてなかったけど、ペーサーするためにハワイに来た人、めっちゃいた。

 

HURTのペーサーって、別に出走料もかからないし、登録も必要ないし、その場の雰囲気とノリでやったりやめたりすることが可能で当然周回ごとに変えてもよくて、私たちの周りにおいては、3人の選手に9人のペーサーがいるっていう文字通り有り余ってる状況だった。

 

のにもかかわらず

タナケイさんのペーサーは誰一人やりたがらなくて結局ずっと一人で走って完走してたっていうのが今話に登場したタナケイさんの簡単な説明なんですが、

 

4周目を終えたタナケイさんが

「内臓がやられて気持ちが悪い。。。」

 

と言っていたので、持っていたGIN GINをあげた。

1

このGIN GINは昨年何も知らずにただただでキモかわいいキャラクターにジャケ買いしたジンジャーキャンディ。

 

よく調べてみると生姜は吐き気や気持ち悪さに効くらしく、手軽に取る手段としてこういったジンジャーキャンディをアメリカでは妊婦さんのつわりの時期やウルトラディスタンスのトレイルランニングの時などに使ってる人がいるみたいだった。

 

それを知ったときは妊娠の予定も皆無だし100mileなんてもう久しく出る予定もなくて

 

効果を実感することなんてないな~ワラ

 

くらいにしか思ってなかったのだけど、去年うっかりハセツネに出て、後半気持ち悪くて水を飲むのすら嫌で、まじきつい、死ぬ、おわた。。。。って思ってた時に効果を自分で実感していた。

 

「レース中気持ち悪くてginger chewだけずっと食べてた、もっと持っていけばよかった。。。」ってさいちゃんがインスタに投稿してるのも見た。

 

だから今回のHURTも、絶対に気持ち悪くなる人いるだろうなと思ってたくさん持ってきていたのだ。

 

タナケイさんが気持ち悪くて。。。。って言ってるの聞いた瞬間

これ効きますから!!と、ここぞとばかりにドヤ顔で渡したのだった。

 

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いろんなフレーバーもあります。ちなみに味は、めっっっちゃ生姜。

 

 

「タナカ メイクス レボリューションですわぁ!」

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自分で切ったという穴だらけのTシャツを

TM Revolutionみたいだと笑ったら

そんなことを言いながら5周目に1人で出発したタナケイさんを見送り、

 

私とアキナンは

モナとシンさんの帰りを待つのだった

 

つづく

 

※タナケイさんのペーサーをやりたがらなかったのは、

人間性の問題じゃなくて純粋に足が速いからです

俺たちのHURT2019 vol.1

おひさしぶりです。

最近Netflixにどはまりしているオツベルです。

 

最近見てるのこれ。アメリカのドキュメンタリーですからね、世界広いわ。

さて、Podcast、アップされましたね。

Podcastのリンクのさせ方わからない

 

トモさん、田中さん、藤岡さんという

日本人トップアスリートのHURT2019の話。

 

今回は、そんな話にはかすりもしない

「俺たちのHURT」の話でもしようと思います。

 

実は私、今年も行ってたんですよね、ハワイ。

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おもきし加工しましたけど。目に見えてた景色ということで。

控えめに言って、最高でした。

 

ハワイ最高か。

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これを最高と言わず何を最高というのか

 

私は出走する気満々でレースにエントリーしたのですが、

嬉しいかな悲しいかな、抽選ではずれてしまったため、

出場する友達 モナちゃんのペーサーとしてハワイの地に降り立ちました。

 

モナちゃんは去年私が選手として走った際、当初はサポートで一緒にハワイに来てくれる予定になっていた同じ年の女の子(美人)

が、突如妊娠が発覚し、ちょうど1月1日に女児を出産。

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その時にうまれたのがこのおきゃんな女の子。うのたん。

今年は、昨年の私同様、うっかり当選してしまい、走ることに。

フルタイムで働き子育てしながら、目黒の坂を上ったり下りたりして訓練を重ねてきたママランナー(美人)

 

そしてそんなモナの親衛隊として、

 

マサシ(3周目のペーサー)

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シェイブアイスおじさん

オトベ(4周目のペーサー)

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どすこい

アキナン(5周目のペーサー)

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黒歴史といえば彼女

という布陣が組まれました。

 

ちなみにペーサーするためにわざわざハワイまで行ったっていうより

ペーサーするのをハワイに行く口実にしたっていうのが正解!

 

あいお君が一人でしてた、が、正解!のオマージュです。#テラスハウス

私は仕事の都合でみんなよりも遅れてハワイ入りし、

朝、空港でピックアップしてもらうことに。

 

そしてハワイで合流した途端

開口一番、

 

「残念なお知らせがあります」

 

と言われました。

 

「モナちゃんが風邪で病院に行きました。39度近く熱があるみたいです」

 

 

 

風邪もインフルエンザも大流行中の日本で、

風邪を引いた、と言う情報はさして驚くようなことではなかったし、

なんか深刻そうな報告だったので、

じゃあもうきっとモナはレースは走らないんだろうな~、と、ふんわり思ったりした。

 

 

Air b&bで、選手、サポート、ペーサーなどなど12人で借りた宿に着いた時、

モナはまだ病院から帰ってきておらずお昼すぎまで待機で暇だった。

 

アキナンはコンビニで買ったまずいスパムおむすびを「ハワイっぽい」という1点の根拠のみで

胃袋に流し込んでいて、のちにみんなでおいしいポキを食べることになった時にまずいスパムむすびで胃を満たしたことを後悔していた。

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ここのPOKEほんとうにおいしかった
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2日連続で食べました

病院から帰ってきたモナに会ったとき、

もうレースには出ないと思い込んでいた私は、

 

しょうがないよ、落ち込まないで、という気持ちを伝えようと思って

脳内で何がどう変換されて口から出たのかわからないが

 

「まじうけるんだけど」

 

という言葉を浴びせた。

 

何一つウケない。

むしろ笑えない。

言葉のセンスがない。

そもそも選ぶ言葉間違えてる。

最低。ひどい。死んだ方がまし。

 

 

が、そんな周りの(ていうか私の)思惑とは裏腹に

本人は出る気だった。

 

ここまで来て出ないという選択肢はない。と言っていたそうだ。

 

そんな感じで風邪をひいて絶不調な状態ではあったが

とにかくモナはスタートを切った。

 

このレースの制限時間は36時間。32㎞を5周。

 

単純計算で1周7時間。

 

夜はペースが落ちるのと、後半の不測の事態に備え、

だいたい6時間程度、

どんなに遅くても7時間以内に1周目を終えなければ難しいだろうというのが

完走目標のランナーにとってのペース配分の基本である。

 

その計算通りスタートから5時間半~6時間後に

みんな1周目を終えるだろうと帰りを待ち構えていたが

モナは思っていたよりも遅く、6時間半くらいで戻ってきた。

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顔色が悪く、戻るやいなや、お腹が痛いとトイレに駆け込んでいった。

 

走ると漏れそうだから走れなくて

歩いてたらすごいたくさん抜かされちゃった。

 

と言っていた。

 

そしてこの後、30時間近くモナは腹痛と戦うことになる。

 

けど、みんなは知っていた。

 

去年腹痛と戦いながら最後はコーラだけで完走したおじさんがいることを。

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腹痛をかかえたまま36時間2分で完走したバヤさん。

 

だから、辛そうだけど、まぁまだまだ可能性はある。美人だし。

そう思っていた。

 

そしてモナは娘のおしりふきを持って

2周目へと旅立った。

 

Good job
Good Job

 

2周目、モナのペースはさらに落ちた。

 

2周目の最初のエイドで待っていると、

腹痛と寒気を訴えながらエイドに入ってきた。

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正直、1月のハワイは寒くない。むしろ暑い。だって常夏、それがハワイ。

この日はずっと雨が降っていてランナーの身体は濡れていたが

寒さを感じるほどではなかった。

 

腹痛も、寒気も、間違いなく風邪からくるものだろうと思えた。

 

風邪が治らない限り

無くならないであろう痛みと寒気に、

どこまで頑張れるのだろうか。

 

みんなが持っていたおなかの薬を飲ませ、

シェルを羽織って出発していった。

 

下痢には経口保水液だ!

 

と、どのおじさんが言ったのかは知らないが

 

とにかくモナの腹痛が辛そうで、

みんな何かしてあげられないかと、

モナの2周目が終わるまでに、

薬局に行って経口保水液を買ってきた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・え?

 

私の知ってる経口保水液と様相が違いすぎて正直戸惑った。

 

経口補水液って、こういう、ポカリみたいなやつじゃないの?
私の知ってる経口保水液とは

 

あ~、はいはい、あれね。

このピンク色はボトルの色で、

中身は無色透明のポカリのような液体なはず!

 

 

と、ポジティブ変換したのだが、

そんな幻想はすぐに打ち砕かれる。

 

そう、液体の色そのものが嘘かと思うレベルの蛍光ピンクの色味であり

そしてさらに悪夢なのが味が湿布そのものということだった。

 

私人生で湿布体にはったことたくさんあるけど、湿布味のもの飲んだことない。なぜこの色とこの味なんだ。まじで人類としての生きるセンスを疑った。

 

イラスト屋にはなんでもある

 

マサシさんは、「root beerみたいで嫌いじゃない」と言っていた。

 

そんな蛍光ピンクの液体を持って待機している私たちのもとに、

モナは7時間を越えても、なかなか帰ってこなかった。

 

先に3周目(!)を終えて帰ってきたトモサン(神)に様子を聞くと

 

「お腹が痛いみたいで、寒がっていたから、戻ってきたら全部着替えさせた方がいい。

心が折れちゃってたから、いったん温かくして、寝かせて、気持ち切り替えさせた方がいいと思う」

 

そう優しくアドバイスしてくれた。

 

けど、コース上でモナ本人には

 

「モナちゃん、まだ目が死んでないから大丈夫、いけるよ!」

 

と声をかけていたらしい。神か。

 

 

このころから、サポートをしている私たち(ていうか私)にも迷いが生じていた。

 

2周とも想定を大幅に遅れているモナは、

関門時間を考えるとトモさんがアドバイスしてくれたような寝ている余裕はなかった。

 

彼女の本来の走力を考えれば、体調さえ戻れば

まだ完走の可能性は消えていない。

 

行かせるのか、やめさせるのか。

 

そして、8時間ちかくかけて2周目を終えて戻ってきたとき、

モナは目に涙を溜めていた。

 

「おとちゃんと一緒に走りたかったのにごめん」

 

そう私に言った。

 

もうやめたいという気持ちに支配されていることは明白だった。

 

私は去年走ったから、その感情が嫌というほどわかる。

 

こんなはずじゃなかった。

こんなに辛い状況をおして走る続ける意味とは何なのか。

このままじゃ時間も間に合わない。

もうここで十分なのではなかろうか。

 

ていうか、最近思ったんけど

そもそも160㎞走ることに別に意味なんてないのだから、

意味を見出す方が無理なのだ。

 

私は「よくがんばったね」

 

としか言えなかった。

 

だけど、まだ可能性がある以上は行こうと、

マサシさんはモナに湿布味の蛍光ピンクの液体をお湯で薄めて無理やり飲ませた。

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これだよ?

「なにが効くかわからないから。とにかく飲んで。」

 

そして2袋目の娘のおしりふきと、

湿布味のピンクのどろどろした液体を手に

涙目のモナとマサシさんと3周目に突入するのだった。

つづく

いまだに歩き出そうとしない~分水嶺Bコース完走記2~

7月13日

午後18時

 

新宿伊勢丹前に私はいた。

 

そこには、

ツヤツヤの髪に白いブラウス膝たけのスカート身にまとい

パンプスをはいた、きらきらしたOLさんが行きかっていて

 

7㎏のザックを背負って

奥多摩駅に向かう前、最後に炭水化物を胃に押し込もうと

丸亀製麺に入ろうとしている私はこう思うのだった

 

「私も10年前はそちらの世界の住人だったはず。。。」

 

私が新卒で入った会社はまさしく伊勢丹だった。

 

女を磨くことが正義だと信じてて

結婚は20代でするものだと信じていて

給料少ないくせいに1本9000円近くするアルビオンのスキンコンディショナーとか買って(今思うとくそ高いな)

その分お昼は社食の180円のざるそばで我慢したりして

毎日パンプスはいてカツカツ歩いて営業まわって

素敵なお店にディナーに連れてってもらえるのが

ステイタスなんだと思っていた時代が私にもあった。

 

なんなら、昔からの友達には

「あの時代のオツベルが一番かわいかった」といわれたりするが

 

まぁそりゃ汗だくで死臭ただよわせて自分のことうんこ呼ばわりしている女より

スカートひらひらさせてシャンプーのにおい漂わせてる女の方が可愛くなかったら世の中間違ってると思うから

全くもって異論1ミリもない。

 

こちら側の世界に来てしまったことを

いいんだか、悪いんだか、と思いつつ

まぁ少なからず、量産型女子でいることをあきらめて

世の中のほとんどの女性が経験しないことをこれから経験しに行くんだから

それはそれでありだな、と思って自分を肯定しないと生きていけないよな。

 

などと思いながら

汗だくになりながらかけうどんを食べ

 

「うどん食って滝汗。うどんてこんなに汗かくスポーツなのか」

 

とかくだらないことをツイートしながら奥多摩駅へと向かうのだった。

 

 

奥多摩駅を夜中0時にスタートし、翌々日の16時までに

長野県だか山梨県だか清里とか野辺山のあたりまで

とにかくひたすら山の中を歩く縦走大会、それが分水嶺トレイルだ。

 

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とりあえず山と高原地図4枚分

 

 

鴨沢スタートのAコースと奥多摩スタートのBコースがあり、

去年はBコースは120㎞あったようだが、

今年はコースが変更されて97㎞だった。

 

まじで心の底、というより全俺の底から97㎞でよかったと思っている。

 

そんな分水嶺トレイルに出るためにはまず書類審査がある。

今までどんな山行をして、コースタイムのどのくらいで歩き、どういう装備でどんな天気だったのか。

 

分水嶺トレイルを歩ききれる山力があるかどうか、

途中でどんなトラブルがあっても対処できるかどうかをまず書類でふるいにかけるわけだ。

 

正直私の乏しい山行歴だけではたぶん受かっていないような気がするし、

私はソロだったら完走してないと思う。っていうかそもそも出ようとすらしてない。

 

私の出るチームには去年Aコースを女性1位でゴールしているエマちゃんがいたというのが大きいような気がしている

というか絶対にそうだが

書類審査も無事通過することができ、

そのほかの必須条件である山岳保険に加入したり、救命救急講習を消防署で受けたり、

ツェルトの使い方を教えてもらったり必携装備をそろえたりして、

当日を迎えた。

 

当日会社を早退し、銭湯を経由して奥多摩に向かっていたので

現地で着替えようとロングスカート姿で電車に乗りこむと、そこには

 

「おれ!今から!分水嶺出ます!」

という雰囲気しかまとっていない男性がうようよいて

 

そんな男性たちの間をすり抜けたあと、

 

「あいつスカートででんのかよwww」

 

と聞こえるように言われたので、

 

「でるわけねぇだろ」

 

と心の中とツイッターで毒づきながら(小者)

メロンパンをほおばりスタート地点へと降り立つのであった。

 

オツベル

97㎞歩いた先で手にしたのは うんこでぼろ雑巾の自分の姿だった ~分水嶺Bコース完走記~

こんにちわ。

最近はサプリババアとして日々大量のサプリを飲む毎日を過ごしているオツベルです。

私は先日、分水嶺トレイルという縦走大会に参加してきました。

 

まぁ、それがいいかとか出たいかとかは置いといて

世の中には110㎞のレースとか160㎞のレースとかあるじゃないですか。

制限時間30時間とか40時間なわけじゃないですか。

 

このレース(というか縦走大会)は

97㎞で獲得標高は9700mくらいで

制限時間64時間なんですよ。

 

またまた。

 

またまたまた。

 

またまたまたまたまた。

 

でっかいヨーロッパのアルプスじゃあるまいし、

97㎞で9700mも獲得標高あるわけないだろwwww

 

ていうか97㎞くらいで64時間もかかんねぇだろwwww

 

って思ってた。

 

思ってたよ。

 

それに女子3人で出ようっていうのだから

 

★体力不足でリタイアする

★制限時間に間に合わない

★チームを修復不可能なくらいクラッシュさせる

 

この辺りの想像しうる問題は

 

一番ポンコツで

レースの数日前まで大してコースの把握すらしてなくて

体力ないくせに文句だけは言う

私がすべて原因になるだろうなって私だって思ってたよ。

むしろ私が一番思ってたさ。

 

いやぁ、もうね、想像を絶してた。

 

行く前はこれは人生最大の冒険だ!アドベンチャーだ!よし!オラやるぞ!

完走だ!完走だ!完走だ!完走だ!完走だ!オイィイイイイイイイイ

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くらいに思ってたけど、

 

行ってみたらもうほんとに

そんな華々しいものなんて何にもなくて

ただただぼろ雑巾、またの名をうんこになっただけだった。

 

だめだよ。うんこになっちゃ。

 

だめだよ。身体の周りを虫が旋回しちゃ。

 

毎日オシャレしてお化粧して出かけよう。

汗のにおいじゃなくて香水のにおいを振りまこう。

 

だってわたしたち女の子だもの(妙齢)

 

そんな分水嶺Bコースの話を少しづつしようと思ったので

とりあえず書くよ宣言だけしにきました。

かなり遅筆ですがお付き合いください。

 

オツベル

レースレポートをなかなかUPしない件について

こんにちわ。

あいかわらずのお久しぶり。

オツベルです。

 

HURT1月に走ってるくせにどうなったんだろうか。

と思ってくれている方が地球に1人でもいるのであれば弁明するために筆をとりました。

 

レポートね、書いたんですよ。

むせび泣きながら。何日もかけて。

 

で、なんでそれを載せてないかって、Akimamaというアウトドアポータルサイトに短期連載という形で載る予定だったんです。

 

だから、大筋はそっちにUPするのを読んでもらおう、と思ってこちらにはUPしていなかったんです。

っていう文章もすでに5か月前に下書き保存して放置してました。

 

【ROAD TO HURT100 #1】

【ROAD TO HURT100 #2】

【ROAD TO HURT100 #3】

 

まぁそんなわけで興味のある方は読んでみてください(雑)

 

オツベル

 

 

ついに出発の日を迎えました

明けましておめでとうございます。

 

「サウナ入ってると風邪ひかないらしいぜ!」

 

と、サウナ入りながら友達に豪語した日の晩に風邪をひき、そこから2週間ずっと風邪が治っていないオツベルです。

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クリスマスに高尾歩いた日の夜

 

出発は本日の夜です。

 

もう笑うしかない

 

ははははは

 

 

 

前回、えまちゃんのことを書きながら、これを書いたからにはもう一人書かなきゃいけない人がいるなと思っていた。

 

このブログではなぜか一度も名前が登場していないが、この人と初めて出会った時のことを、私は鮮明に覚えている。

 

5年くらい前 (いきなり曖昧)

 

 

当時まだ前の会社で働いていた私は何かイベントごとがあれば顔を出していたし、イベントに顔を出せば何かしら新しい出会いがあって今よりも少し世界がきらきら輝いて見えていた時期だった。

 

雑誌の編集、スタイリスト、カメラマン、ブランドディレクター、プレス、デザイナー、イラストレーター、、、、

 

出会う人すべてが、それまで自分が生きていたごくごく普通のOLの世界にはいなかった

 

「今まで出会ったことのない素敵な人」

 

「いけてる人」

 

に見えていた。

 

そして、そんな世界において、無知で無名で繋がっても何の得にもならない私のことを受け入れてくれて、仲良くしてくれることも心地が良かった。

 

それは雑誌GO OUTが主催する代々木公園で開催されたOUTDOOR WEEKENDというイベントに出展していたときのことだった。

 

Run Boys! Run Girls!という、トレイルランニングショップが主催しているトレランシューズの試履きエリアに顔を出した時だ。

全くトレランに興味を抱いていない時期だったのでチャラついてビール飲みながらおしゃべりしに行っただけだったのだが、その人もそこに来ていた。

 

その人と私との間には共通の友達が何人かいて、山にいった帰りにイベントに顔をだしていた彼を紹介されたのだった。

 

その人の第一印象といえば

 

関西弁をしゃべる地味な人

 

この一言に尽きる。

 

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それまでの関西人のイメージ

 

 

きらきらしているように見えていた世界に突如現れた関西弁をしゃべる地味な人

フリースタイルダンジョンに突如現れたDOTAMA

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太陽系でいうところの海王星

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コンビニ界でのポプラ

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ちょっといい例えがみつからなかったので無理やり3つ書いたけど、そんな感じである

 

ただこの関西弁をしゃべる地味な人は、このときからファストパッキングなどで山を楽しんでいて「自分でテントを担いで泊まりながら旅をする」ということに憧れていた私にとって、自分の憧れのアクティビティを楽しんでいる人なんだな~とは認識したのだった。

 

その後私とこの地味な関西人とが急速に仲良くなる、、、、というようなことはなかったのだが、エマちゃんとこの人が同じ関西出身ということもあり仲良くなり、よく一緒に山へ行ったことを見聞きするようになった。

 

そして、時とともに私の中でこの「地味な関西人」は「山に連れてってくれる優しい関西人」というポジションにふんわり格上げされ、実際に自分が縦走用のザックを買ったり、テント泊登山用のテントを買ったりしたときには、えまちゃんと一緒に山に行くのに付き合ってくれた。

 

そう、その地味な関西人が

この男マサシである

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特徴はメガネ

 

 

ことの発端は2017年1月のフロストバイトという横田基地のハーフマラソンである。

 

通常出入りすることのできない福生の米軍基地が解放され基地内の滑走路とかを走れるハーフマラソンで、レース前、やたらハイテンションなふくよかな外人のインストラクターと一緒にやる「ZUMBA」

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参加賞のめちゃくちゃダサいけど着心地だけはいいスウェット

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それがおもしろいからとまさしさんに誘われて2年連続で参加していた。

 

冬、朝起きるのがつらくて全く練習できずにレースに参加し、案の定8㎞地点で走るのに飽きた。

 

ゴールタイムは2時間06分

 

普段走らないからこれが速いのか遅いのかわからない、という人のためにコメントすると、

 

普通に遅い

 

言い訳でもなんでもなく、私の実力なんてこんなものなのだ。

 

最後はなすびの着ぐるみを着た人と話しながらなんとかゴールしたが、このなすびがいなければたぶんもっと悪いタイムだったと思う。

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その打ち上げで餃子を食べながらなすびとマサシとしゃべっていて

4月にエントリーしているレース(けっこうハードな63km)に出るのに全く練習しておらず、さらには秋にある信越五岳とい110kmのレースに出たいからペーサーしてくれというふざけた訴えをする私に

 

まさしさんは信越のペーサーを快く引き受けてくれるとともに、毎週1回、朝一緒に起きて閾値走という練習方法に付き合ってくれることを提案してくれた。

 

閾値走というのは、私も詳しく知らないし厳密にはやり方もぜんぜん違うと思うのだけど、いつもよりキツメのペースで30分間だけ走るという練習だ。

 

ただ、このキツメのペースというのが、足の遅い私にとってキツイペースであって、付きあって走ってくれるまさしさんにとってはいたって走りやすい普通のペースで30分走るだけなので、この練習はのちのちOL連という名に変わった。(OLに付き合って走る練習の略)

 

そしてこのOL連は、少しづつ形を変えながらも毎週水曜日朝7時半~1年間続くことになる。

 

そして週に1回OL練をしながら

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信越五岳に出たり

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青梅高水を3ループ走る練習に付き合ってもらったり

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私の出たITJ(伊豆トレイルジャーニー72㎞)に応援に来てくれたり

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1年間ずーっと練習に付き合ってくれた。

 

わたしにとっては今や優しいお兄ちゃんのような存在だ。

 

そして、何がどういうわけなんだか、マサシさんも明日から一緒にハワイに旅立つわけである。

私が走ることに全く興味を持たず日々麦味の炭酸飲料に身銭をつぎ込んできた時代から、山を走る、ということをはじめ、そして徐々に成長してきた過程をずっと見守り、支えてくれたエマとまさしさん。

そんな強力な2人(とバヤさん)と一緒に

いざ天国と地獄が待ち受けるハワイへと旅立ってまいるのであります!

 

アディオス アミーゴ!

 

オツベル

汗とサウナとエマと

おひさしぶりです、オツベルです。私は元気です。

 

小学校の頃、担任の先生が独特の指導をする方で、出席点呼の時

「はい!元気です!」をデフォルトとして

体調がすぐれないときは

「はい!ちょっと風邪気味です!」

と、返事の後に自分の本日の体調を申告することを求められた小学校生活を思い出したりしましたが、皆様いかがお過ごしですか。

 

週1回更新を目標としていたのに、3日坊主精神丸出しで更新止まってしまいました。仕事が忙しかったとかもにょもにょ言い訳はいろいろあるのですが、単純にもう面白いネタがない。なーんにもない。今回つまんなかった。て言われるのが怖くて筆が全く進みませんでした 笑

そうこうしているうちにもうレースまで3週間とせまり、しかも今年ももう終わりかけてます。

 

もう書くことねぇなぁ~、と、鼻くそほじってたら大事なことを書いていないことを思い出しました。

 

 

 

大事なこと。

 

 

 

そう、EMMA a.k.a. 鬼軍曹 です

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唐突に身の上の話始めちゃうんですが、私は、アウトドア(主にスノーボードとキャンプ)が好きってだけで、未経験でこのアウトドア業界にもぐりこんできました

 

最初は小さなクライミングパンツの会社でPRと企画を担当していてGoout campやNatural highなどのイベントに出展したりしている中で、いろんなアウトドア業界の人と知りあいになった私は当時まだ28才くらいで、もともと女性の少ないアウトドア業界のさらに所属がメンズブランドだったこともあって、まわりに自分と波長の合うような同世代の女性は一人もいなかった。

 

 

一緒にキャンプとか山とかいってくれる同世代の女の子の友達ほしいな~

 

 

と鼻くそほじくってた時に出会ったのがえまちゃんだ

 

出会いのきっかけは共通の友達の開いた飲み会。当時のえまちゃんは、まだ今みたいに山走ったり登ったりはしてなくて、当時偶然にもお互いスラックラインもというマイナースポーツをやっていたので、わ~こんなかわいくてアクティブで同じ年の女の子と一緒に遊びたかったんだよな~!と思った記憶がある

それからえまちゃんはどんどん山やトレランにはまっていき、長いレースにも完走するようになり山にも沢山いって、山力をぐんぐんあげて

 

 

え?何目指してるの?カモシカかなにか?

 

 

てレベルまで一気に駆け上がり遠くの方にいってしまった

一方私は特に何の変化もなく、今まで通りキャンプしてビール飲んで、飲み歩いては道端で目が覚めたり、記憶を宇宙の彼方までぶっとばしたり、クソみたいな恋愛をして知らない女に電話口であやまってと言われたり、鼻くそをほじくったりして過ごしていた。

そんな感じなので、山を駆け巡るえまちゃんと、下町で呑んだくれてた私は、今みたいに山に一緒に行くなんてことは一切なく、会うのはもっぱら飲み会やキャンプという、いわゆる飲み友達として過ごしていた。

そんなとき、私がコロンビアに転職をし、えまちゃんが会社をやめてフリーランスPRになることになった。えまちゃんはフリーランスになったことをきっかけに徐々にライターの仕事もはじめるようになった

 

一方私はといえば、入社して最初のランチで当時の上司に

「家どこ?練馬?じゃあ10kmくらいだから走って帰れるね!!」

と言われてカルチャーショックを受けていた。

家田

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まさにこんなかんじだった

家田いる夫のその後を読みたい方はこちらへ→https://omocoro.jp/kiji/93322/

 

もちろん「走って帰れるね!」といった上司に、

 

「ばかみたいじゃないですか?」とは言ってない。

 

ただ、心の中では

 

 

思考回路どうなってんだよ…

 

 

とは思っていた。

入社した当時与えられた仕事はライフスタイルシューズの担当MDだった。

今考えれば、ライフスタイル担当なのだから別にトレランを始める必要なんてぜんぜんなかったのだが、靴業界に長く経験知識も深い諸先輩方と一緒に働くうえで、アウトソールとミッドソールの違いすら分からなかった当時の自分にとって正直自分の存在意義はフィールドに求めるしかなかった。靴の知識ではみんなと同じレベルで話すことはできなくても、ユーザー目線で誰よりも説得力の高い話ができるように、誰よりもフィールドに出かけよう、と思った。そうして、走るのなんて大嫌いだったけど、トレイルランニングも始めてみようかな~とうっすら思い始めたのだった。

 

この「うっすら」というのは

「黒姫ってレースのエントリーそろそろ締切か~ 13kmくらいならなんとかなるかなぁ~」

「まぁいっか、次で」

をく返す、という状態のことを指す。

 

そんなときに、何を思ったのかえまちゃんが

「斑尾高原の16kmのレースに一緒にでない?」

と誘ってくれた。

ここから私のトレラン人生ははじまった。

なんで誘ってくれたのか今となってはもうよく覚えていないけど、このお誘いをきっかけに、初めてロードランニングというのをはじめた。最初はもちろん1kmがめちゃくちゃ長く感じて、3kmで飽きて帰るを繰り返していた。5km走れるなんてすげぇ!10kmなんて異次元!って思ってた。

ほんとに山の中16kmも走れんのかな。。。そう思って出走したのが

このときのわたし オトベ、が、斑尾を走った(オトベ編)

最初は関門アウトになるかもって脅してきて、最後は走れと鬼のようにおいたてられたレースデビュー戦。正直今振り返っても人生で一番心臓飛び出るかと思った経験だ。

腹いせに、エマには鬼軍曹ってあだ名をつけてやった。

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まじでエマ嫌いになるかと思うくらいキツかった

そこから、いまここに至るまではまぁ紆余曲折はあるのだけど、ばっくり言うとこうやって誘ってくれたことで私はトレランを始め、そして、わたしとえまちゃんは一緒に過ごす時間がどんどん増えていき、私たちの関係性もただの飲み友達から山友達に変わっていった。

ついでに言うと同時進行で私のふくらはぎも誇大化と硬化の一途をたどり、スカートとか恥ずかしくてはけないレベルに変わっていった。

 

はじめての縦走登山も、はじめてのロングトレイルも、はじめてのスノーランも、はじめての雪山登山も、えまちゃんが一緒に行ってくれた。

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地獄の1泊2日八ヶ岳全山縦走も行った

そんな大切な山友達のえまちゃん。

私の中で、レースのペーサーというものを頼むとしたら、一番の選択肢はエマだな~といつも思ってる。

ただ、ペーサーをお願いしたいレースがあっても、「あ~、その時期トルデジアン(7日間で330km走るレース)だから無理だわ~」とか「あ~TDT(160km玉川沿いを走る草レース)の後だから無理だわ~」とか、とんでもない理由で断られることが多いので正直あまり来てくれることを期待をしていないのも事実だ。

今回、HURTでペーサーやってくれない?とお願いすることにしたときも、

年末年始の休み明けだし、普通の人間なら絶対そんな時期に休みとってハワイまで行って

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正直半分くらいは断られるだろうなと思ってた。

けどえまちゃんはマラ狂いの薬中なので(マンガ参照)、半分くらいは来てくれるかもしれない、と期待してもいた。

 

 

お願いしたのは自由が丘のサウナの中だった。いつものようにくだらない噂話をしながら、HURTの話を切り出した。ちなみに、こんな背景描写してみたけれど、特に感動するようなエピソードはない。

 

HURTきてくんない?

 

と、普通に聞いた。普通に聞いたが、三十路過ぎの独身女子2人が、サウナの中、160km走る話を持ちかけたというシチュエーションは普通じゃないような気はしている。

エマがその時なんて答えてくれたのかもよく覚えていない。覚えているのはお互いすっぽんぽんで汗だくだったってことだけだ。

 

仕事休めるかな~?って恐ろしく前向きな感じで答えてくれたような気がするし、まぁ結論快諾してくれた。晴れてHURTのペーサーをしてくれることになり、年明けのハワイの森の中を三十路過ぎの独身女子2人が汗だくで160km走るって奇特なシチュエーションが完成した。

 

 

正直、完走できる気なんていまだにぜんぜんしていない。

 

だけど、少なからず私が何か新しいチャレンジをするときには必ずエマちゃんがそばにいてくれたし、今回もそうってことだけはわかっている。そしてただ純粋に、そんなエマちゃんとハワイのトレイルを一緒に走れることがとても楽しみなのであります。

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一緒にゴールくぐれますように!

 

オツベル

HURT100メンタルレッスン

こんにちわ、オツベルです

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先日のOMMで、一切地図を読まないくせに、レンズを向けられるたびに地図を読んでるふりをしていた時の写真です。

 

 

 

もう完全に週1回更新とか言ったことを後悔しています。

 

 

突然ですが、私は、本名の下の名前を「はるか」といいます。

なので、学生時代から86という数字を好んでいる。

 

これは、もう、完全に高校時代に流行った19の326に影響されているのだけども

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エモい

 

ポエティックなものに感情を重ねる思春期が私にもあった

 

さて。

 

皆様トモさん(a.k.a100mile神)を覚えていらっしゃいますか。

どんな人かはこちらの記事を参照いただくとして

どうせ当たらないという罠 HURT100エントリー編

 

ラッキーなことに、この神の働いている会社と、私の勤務する会社は同じビルに入っている。

6階が神で、7階が私だ。

 

このラッキーを利用して、私は神からHURT100にどうやったら完走できるかの秘訣を聞こうと、ランチに誘いだすことにした。

 

そして神を誘い出すためメールでやり取りをしていると、

ちなみに数字は1〜10で何が一番好きですか?

 

と、突然聞かれた。

 

へ?神何言ってるの?おみくじかなにか?

 

と思ったのだが、私はAB型なのでいつものように

 

8か6ですね~、

 

と、答えた。

 

 

そしたらこんなものが送られてきた

 

 

【HURTレッスン1】
HURTは5周です。
先ずは5という数字を大好きになってください。
5という数字が好きか好きじゃないか、
5という数字を良く理解しているか、していないかではレースの命運を分けます!
何でも5回やってみるのも良いと思います!
例えば皇居5周やサウナに5回入るとか、ジュースを5本買うとか!
何でも5回やってみると5という数字が身体に染みつくので是非やってみてください!
以上。

 

 

 

私の回答関係ねぇぇぇぇぇぇぇぇ

 

 

 

と、とりあえず思ったが、よくよく聞くと、HURT100は3周目でリタイアしてしまう人が多いそうだ。そしてそのリタイアの理由は、メンタル的な要素が多いとのことなので、5回繰り返すことに慣れておくことは本当に大切らしい。

 

とりあえず神の啓示に従い、5という数字をよく理解する、という哲学的なチャレンジにトライしてみることにした。

 

 

 

とりあえず携帯の待ちうけを5にしてみた

 

 

正直あまり効果はない。

 

次に、今まで毎週水曜日の朝に、皇居を1周少し早いペースで走る練習をしていたのだけど、

赤坂日枝神社の周りをぐるぐる5周する、という練習に変えた。

 

神社の周りを掃除している社人さんと10回くらいすれ違うのでそこそこ気まずいことがわかった。

 

 

そして朝駒沢公園3周するランニングは5周に変えた。

同時に、公園までの行き帰りを自転車に変える自分の怠惰ぶりを学んだ。

 

 

サウナも3ループだったのを5ループに変えた。

サウナおばちゃんたちの人間関係が垣間見れるようになった。

 

 

さすがに缶ジュース5回買うのは気が狂ってるとおもわれそうなのでやっていない。

 

 

そして、この生活を初めて始めてみて、ほかにもわかったことがある。

 

 

 

2度あることは3度あるかもしれないし、

仏の顔も3度までなら保てるし、

2回失敗しても3度目の正直はあるかもしれないけど、

 

5度はない。

 

 

 

後輩が同じミスを2回したらまだ許せるけど、3回目でおっと、そろそろいい加減にしてくれよって思うし、5回繰り返したら、え?なんなの?無能なの?ってなりませんか?

私はなる。

 

自分の過去の栄光をいつまでたっても飲み会で語り続けるおじさんに、2回までは、えー!すごーい!って言えるけど、3回目はそれもう聞いたよ、、、他に話ないのかよ、って思うし5回されたら

え?なんなの?まじでそれ以外ネタないの?だったらちょっと黙っててもらえませんか?ってなりませんか?

私はなる。

 

 

 

3日坊主という言葉からも、3回繰り返すことや、3回耐えることははそんなに難しいことではない。5回、という回数は、3回よりも格段に断然、もうそれはけた違いでしつこいしだるいのだ。

 

 

 

 

 

同じことを5回繰り返しているときのメンタルはこんな感じである。

 

1 フレッシュな気持ちや~

2 え、これほんとに5回もやるの?終わるの?なんなの?

3 え、まだ半分なの?まだ2周も残ってるの?なんなの?

4 ていうかほぼもう終わりだわ

5 ラストや~

 

 

もうね、2と3が超絶うざい。はてしない。

 

ということで、

 

結論:

5を深く理解しようとしたら、2と3がめちゃくちゃ嫌いになってきた。

 

(けど、3を超えると精神的に格段に楽になります)

 

 

 

はじめて人のためになることを書けた気がします。

 

以上。

 

オツベル